「べらぼう」市原隼人が“目”で語る鳥山検校の魂 盲目の芝居に込めた覚悟と希望

NHK大河ドラマ『べらぼう～蔦重栄華乃夢噺～』で市原隼人が演じる盲目の大富豪・鳥山検校。

彼の“白濁した目”には、単なる視覚障害の描写ではなく、「孤独」「痛み」「人間の業」までもが詰め込まれています。市原隼人はこの役に命を吹き込むため、実際に視覚障害者の取材や、完全な暗闇を体験するイベントに参加し、「目が見えないこと」とは何かを深く掘り下げました。

この記事では、「目」に込められた表現意図、役作りの裏側、そして“視えないからこそ見えるもの”をテーマに、鳥山検校というキャラクターと市原隼人の魂の演技を紐解きます。

白濁した“目”が語る鳥山検校の本質──視えないからこそ見えた「孤独」と「希望」

市原隼人が演じる鳥山検校の“白濁した目”には、単なる視覚障害の表現を超えた人間の本質が込められている。

その目は見えていないが、心の奥底まで見透かすような深さを宿しており、視えないからこそ見える“孤独”と“希望”を象徴している。

暗闇を生きることの痛みと、わずかに差す光への執着──鳥山検校の目が語るのは、まさにその二面性である。

市原隼人が求めた「視覚を奪うリアリズム」

市原隼人は、鳥山検校という役を演じるにあたり、自身の提案で“白濁した目”を再現する特殊コンタクトレンズを制作した。

「目が見えない」という設定を単なる見た目に終わらせず、視界そのものを失った状態で演じることで、リアルな体感を得ようとしたのだ。

そのレンズを装着すると、視界はわずか20％、横からの光には完全に視野を奪われるという。

この状態での演技は極めて困難だが、見えないことが自然に演技へと反映される環境をあえて作り出すことで、鳥山検校の内面に迫っていったのである。

20％の視界と完全な暗闇体験が生んだ“感覚で生きる演技”

市原はさらに、「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」や視覚障害者支援施設の訪問を通じて、視えない人々の世界に身を投じた。

暗闇で手を伸ばしても何も掴めず、音や風、匂いだけを頼りに空間を感じ取る体験は、五感の再定義ともいえる時間だった。

その中で、“感覚で生きる”という表現方法を掴み取り、目が見えないからこそできる演技に昇華させていった。

まさにそれは、鳥山検校が手探りで生きた人生そのもの。

光を失いながらも、心の中に確かな“希望”を求めて生きる──その想いが、あの白濁した目に宿っているのだ。

視えないことが導く“人の隙”への共感と支配──検校の人心掌握術の裏にあるもの

鳥山検校は視えないからこそ、人の“隙”に敏感だった。

その目が見ていたのは、外見や表情ではなく、声の揺れや気配、沈黙の間に宿る心の動きである。

見えないことが、むしろ人間の内面を深く読み取る“感覚”を研ぎ澄まし、彼をして人心掌握の達人たらしめた。

「目が見えない人は、風・声・温度で人を読む」

市原隼人は取材の中で、視覚障害者から「誰かが相槌を打たなければ、そこに誰もいないのと同じ」という言葉を聞いた。

それは、視えない世界において“存在”とは物理的なものではなく、五感の微細な反応によって認識されることを示している。

風の流れ、足音のリズム、声の熱量──それらの積み重ねこそが、検校の“目”となった。

鳥山検校は、そうした感覚のすべてを使って人の心を読み、操作していた。

それは、生き延びるための術であり、同時に、誰よりも人の“弱さ”に寄り添う力でもあった。

相手の“心の隙間”に入り込む怖さと優しさ

検校は、相手の“隙”に入り込むことで人を動かし、利用することもできた。

それは時に、愛にも、欲にも、支配にも変化する力を秘めていた。

実際に、瀬川（瀬以）との関係ではその感覚が極限にまで高まり、手に入れたくても決して掴めない“心”に向かって手を伸ばし続けた。

見えないからこそ、形のない“心”や“感情”を信じる──

それが、検校の愛し方であり、執着の根源だった。

共感と支配の境界線が曖昧な、危うくも人間的な魅力が、鳥山検校の真骨頂なのである。

瀬川は地獄に垂れた蜘蛛の糸──視えない愛と憎しみのゆくえ

鳥山検校にとって、瀬川はまさに地獄に差し込んだ一本の光だった。

それは芥川龍之介の『蜘蛛の糸』になぞらえ、市原隼人も「手放すことは絶対にできなかった」と語るほど。

1400両という巨額の金で身請けしたにもかかわらず、決して手に入らなかったのは瀬川の“心”だった。

「お前は私の妻だからな」──愛情と執念が交錯する名台詞

検校の愛は一途で、盲目的だった。

「お前が望むことはすべて叶えると決めた。お前は私の妻だからな」──この台詞は、まさに検校の執念が愛に化けた瞬間だ。

目に見えないからこそ、言葉や距離の“温度”から相手の心を測るしかない。

だからこそ、瀬川の微細な態度の変化、言葉の裏にある思いが検校をかき乱した。

それは、愛であると同時に、どうしても手放せない“自己の救済”でもあったのだ。

瀬川という“光”が検校の心を照らし、蝕んだ

瀬川は、ただの花魁ではなかった。

秩序を破り、初会で本を読み聞かせたという逸話が象徴するように、彼女は検校の人生を一変させた存在だった。

共犯者のような絆を感じたその瞬間から、検校の心には希望が宿る。

しかしその希望は、近づこうとすればするほど遠ざかっていく“幻”のようでもあった。

物や地位では得られない心の距離に、検校は初めて「自分ではどうにもならない世界」を知る。

その無力感がやがて、愛をねじれさせ、憎しみに変質させていく。

視えないからこそ信じた心が裏切られた時、人はどこまでも壊れてしまうのだ。

市原隼人が挑んだ“盲目”の芝居とは──衣装から三味線まで徹底した役作り

「目が見えない」という設定を“演じる”のではなく“生きる”ために、市原隼人は徹底して準備を重ねた。

それは見た目の変化だけではなく、身体と精神の両面から“盲目”を体に染み込ませていく過程だった。

彼の芝居からは、「役を演じる」ではなく「役になる」という境地すら感じさせる。

白濁コンタクトの選定と視界ゼロでの演技

鳥山検校を形作る上で、市原隼人が最もこだわったのが“目”のビジュアルだ。

何種類もの特殊コンタクトを試作し、最終的に選んだのは、視界が20％しか確保できず、光が差すと完全に見えなくなるもの。

このコンタクトを本番中に装着し、段取りの時にはレンズを外して事前確認、撮影直前に装着して完全に視界を遮断するという徹底ぶりだった。

光の反射で目の前が真っ白になる中、耳、足裏の感覚、空気の流れだけを頼りに演技をする姿勢は、まさに鳥山検校そのものだった。

三味線に込めた鎮魂の精神──音で伝える見えない世界

検校は当道座の最高位に位置する存在であり、芸事、とくに三味線の名手として描かれる。

市原は三味線演奏シーンのために、ただ「弾けるようになる」のではなく、その背景にある“歴史”と“精神性”を理解することから始めた。

彼が特に心を打たれたのは、「三味線の音には、亡き人を供養する鎮魂の意味がある」という教えだった。

つまりそれは、目には見えないものを慈しみ、思い続ける日本的な精神文化そのもの。

市原はそれを芝居に落とし込み、「音そのものが、検校の心の穴を埋めてくれるようだった」と語っている。

音に心を込め、演技を超えた“祈り”としての三味線──それが、視えない検校の“もう一つの目”となっていた。

「目には見えないものを思い続ける」──演じながら気づいた“生きる”ということ

鳥山検校という“盲目の男”を演じた経験は、市原隼人にとって“生きるとは何か”を問う時間でもあった。

目が見えないという設定の中で、彼が見つめ直したのは、形のないものを信じる力だった。

芝居を通じて浮かび上がった“生きること”の本質は、現代の私たちにも深く突き刺さる。

形あるものは壊れる、形なき想いは永遠に残る

市原隼人は視覚障害者との対話を通じて、「形あるものはいずれ壊れるが、形のない想いは壊れない」という気づきを得た。

これはまさに、鳥山検校が瀬川に向けて抱いた叶わぬ恋心と執着の本質である。

触れられず、届かず、それでも願い続ける。

見えないものだからこそ、心に深く根付き、いつまでも消えない──その感覚は、検校の生き様と完全に重なる。

視覚障害者の結婚観から見えた「心で見る愛」

市原が視覚障害者支援センターを訪れた際、「結婚する相手の顔は見たことがない。でもとても素敵な方です」と語る人に出会った。

その一言に、彼は“心で見る”という愛のかたちが確かにあることを知った。

目に映るものよりも、目には見えない想いや人柄にこそ本質があるという事実。

それは演技というフィクションの世界にとどまらず、私たちが人と向き合う現実にも通じている。

「誰かの手を握ることで、初めて自分の存在を感じられる」

その感覚が、検校が瀬川に求めた“心のつながり”そのものだった。

目には見えなくとも、感じることで真実を知る──それこそが、鳥山検校を通して市原隼人が伝えた“生きる意味”なのだ。

「べらぼう」「市原隼人」「目」で伝えたい本質のまとめ

『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』で描かれた鳥山検校の人生は、“見えない目”が見つめる人間の本質そのものだった。

市原隼人はその演技で、私たちに「視覚を超えた感覚」と「形のない真実」を問いかける。

視えないことが、むしろ人間関係や愛のあり方を鋭く照らし出していた。

白濁した目は、心の奥を照らす“レンズ”だった

検校の白濁した目は、外の世界を見るための器官ではなく、心の奥を覗くための“内なるレンズ”だった。

市原隼人はそれを演技で表現するために、視界をほぼ遮断した状態で芝居に臨み、感覚を研ぎ澄ませて言葉や音、気配に魂を込めた。

視えないからこそ、愛するという行為に、より切実な“存在の証明”が宿るのだと気づかされる。

視えないことが、逆に“真実”を見せてくれる

ドラマの中で鳥山検校は、時に傲慢で、時に繊細で、時に激しく人を想う。

その姿は、目に見えるものを失ったからこそ、本当の“感情の色”を浮かび上がらせる存在となった。

「目には見えないものを思い続ける」──その想いが、鳥山検校という人物のすべてであり、市原隼人が届けたかった“真実の光”だったのである。

私たちが本当に見るべきものは、視界の中ではなく、心の内側にある──それが『べらぼう』という物語が遺す最大のメッセージなのかもしれない。