LOVED ONE第9話は、孤独死した老人・須崎の死を追う話だったが、見終わったあとに残るのは事件の真相より、あの部屋にこびりついた寂しさだった。
ネタバレ感想として言うなら、今回は犯人探しの回ではない。誰か一人を悪人にして終われないぶん、余計に胸くそが悪い。
そして最後に放り込まれたMEJの解散。須崎の死でしんみり終わらせず、組織ごと叩き壊しにくるあたり、なかなか容赦がない。
- 須崎の死に隠された孤独と絶望
- 林田を許せないのに切り捨てきれない理由
- MEJ解散が突きつけた死者に寄り添う意味
須崎を殺したのは、林田じゃなく「待つしかない時間」だった
須崎の死は、ただの孤独死として片づけるにはあまりにも惨い。
畳の上で息絶えた老人のそばにあったのは、腐った弁当でも遺書でもなく、誰かを待ち続けた生活の跡だった。
林田が来る金曜日だけが、須崎の部屋に人間の匂いを戻していたのだ。
金曜の夕方だけが、須崎の生活を動かしていた
須崎は一人で暮らしていたが、一人で生きていたわけではない。
スーパーへ行き、食材を買い、カレンダーに赤丸をつける。
その赤丸は予定ではなく、命綱だ。
老人の生活における「誰かが来る日」は、若者が思う約束とは重さが違う。
飲み会でもデートでもない。
金曜の夕方、チャイムが鳴る。
その音だけで、須崎は一週間をつないでいた。
しかも来る相手が立派な善人なら話はきれいすぎる。
来るのは林田だ。
空き巣に入った男で、刑務所を出たり入ったりしている男で、普通なら玄関に入れた瞬間に警察を呼ばれても文句は言えない。
だが須崎は金を渡し、「メシ作れるか」と言う。
この一言が怖いほど優しい。
説教でも同情でもない。
金を奪いに来た男に、役割を渡したのだ。
人間は金だけでは戻れない。
だが「お前の飯を待っている」と言われたら、ほんの少しだけ踏みとどまれる。
須崎の金曜日にあったもの
- 誰かと同じ食卓につく時間
- 自分のために作られた料理の匂い
- カレンダーに印をつけるほどの期待
- 犯罪者ではなく、人として林田を見るまなざし
「許さない」は突き放しじゃなく、最後の願いだった
須崎が林田に言った「もう犯罪者になるな」は、きれいな更生ドラマの決めゼリフではない。
あれは老人が持っていた最後の力を、全部林田に投げた言葉だ。
家族もいない。
話す相手もいない。
電話を買う必要もないほど、誰からも呼ばれない。
そんな須崎が、林田にだけは怒った。
それは林田を見捨てていない証拠だ。
どうでもいい相手なら「勝手にしろ」で終わる。
だが須崎は「もしまた罪を犯したら許さない」と言った。
ここで胸に刺さるのは、須崎が林田を善人扱いしていないところだ。
盗むやつだと知っている。
逃げるやつだと知っている。
それでも、メシを作る手だけは信じた。
林田にとって須崎は、裁判官ではなく、失望してくれる唯一の人間だった。
だから林田は戻れなかった。
金がなくなってまた空き巣に入った自分を、須崎の前に出せなかった。
罪悪感というより、顔向けできない。
この違いが重い。
チャイムの音が希望から絶望に変わる残酷さ
須崎の最期で一番きついのは、玄関まで這っていくところだ。
体の自由がきかない。
頭を打ち、硬膜下血腫ができ、自覚しないまま動けなくなっていく。
それでもチャイムが鳴れば、須崎は動く。
なぜなら、その音は林田だからだ。
カレーを作りに来る男で、保存容器に余ったおかずを入れて冷蔵庫にしまう男で、自分の部屋に生活を持ち込んでくれる男だからだ。
ところが玄関の向こうにいたのは林田ではない。
大家だった。
この落差が残酷すぎる。
死の直前、人は走馬灯を見るなんて言うが、須崎が見たのはたぶん金曜の夕方だった。
チャイムが鳴る。
林田が来る。
今日こそ来た。
そう思って這った先で、期待だけが叩き潰される。
須崎の心臓を止めたのは、恐怖ではなく、待ち続けた相手が来なかった絶望だ。
たこつぼ型心筋症という死因が示すのは、身体の故障だけではない。
心が先に限界を迎え、そのあと身体が崩れたということだ。
孤独死という言葉は便利だが、須崎の死には似合わない。
彼は誰にも求められず死んだのではない。
たった一人を求め続け、その一人が来なかったことで死んだ。
それがあまりにも静かで、あまりにもむごい。
林田の最低さと、見捨てきれない弱さ
林田はかわいそうな男で終わらせていい人物ではない。
須崎に救われる入口まで来ておきながら、また盗みに戻った男だ。
ただ、それでも完全な悪人として切り捨てられないから、この人物はやたら胸に残る。
盗みに入った男がカレーを作る異様な温かさ
林田の始まりは最悪だ。
他人の家に空き巣に入り、そこで家主の須崎と鉢合わせる。
普通なら悲鳴、通報、逃走で終わる場面だ。
だが須崎は「金がほしいんだろ」と三万円を渡し、「その金でメシを作れ」と言う。
ここが妙におかしいのに、妙に泣ける。
泥棒に金を渡して飯を作らせる老人なんて、現実なら危なっかしくて仕方ない。
だが須崎は、林田の中に残っている人間の部分を見抜いたのだろう。
盗みはできる。
でも料理もできる。
逃げることもできる。
でもカレーを作ることもできる。
この「でも」の部分に須崎は手を伸ばした。
林田は犯罪者である前に、誰かの食卓を作れる男だった。
一緒にカレーを食べる二人の姿は、温かいというより危うい。
家族ごっこではない。
更生支援でもない。
ただ、孤独な老人と行き場のない男が、鍋ひとつ分だけ同じ場所に座った。
その偶然のような時間が、須崎にとっては生活の中心になっていく。
林田が須崎の部屋に持ち込んだもの
- 料理の匂い
- 誰かと向き合って食べる時間
- 冷蔵庫に残る保存容器の生活感
- 「次も来るかもしれない」という期待
更生のきっかけはあったのに、また逃げた
林田が最低なのは、須崎に優しくされたからではない。
優しくされたあとに、また同じ場所へ戻ったからだ。
金がなくなった。
だから空き巣に入った。
言い訳としてはわかりやすいが、だから何だと言いたくなる。
須崎は林田に「お前の作るメシうまいよ」と言った。
この言葉は、林田にとって履歴書より重かったはずだ。
前科のある男に、社会はなかなか役割をくれない。
履歴書を出しても、住所を言っても、過去がまとわりつく。
でも須崎は、いきなり「メシを作れ」と役割を与えた。
そこには試用期間も面接もない。
ただ、作った飯をうまいと言って食べてくれる人間がいた。
なのに林田は、その一本の細い橋を自分で踏み抜いた。
救いの手をつかめなかったのではなく、つかんだ手を自分から離した。
ここを「弱かった」で済ませると甘い。
須崎は待っていた。
カレンダーに赤丸をつけ、スーパーへ行き、金曜の夕方を待っていた。
林田の一回の逃げは、林田の人生だけで終わらなかった。
須崎の一週間を壊し、須崎の心臓にまで届いてしまった。
須崎の優しさに救われたのに、須崎を救えなかった
林田のつらいところは、自分が何を失ったのか、あとになってちゃんとわかっているところだ。
何も感じない男なら楽だった。
須崎を財布代わりにして、またどこかで盗んで、知らん顔で生きていく悪党なら、こちらも遠慮なく憎める。
だが林田は違う。
夕方のチャイムを聞くたびに須崎の顔を思い出す。
あの玄関。
あの部屋。
あのカレー。
その記憶から逃げきれていない。
だから余計に腹が立つ。
思い出せるなら、なぜ行かなかった。
罪悪感があったなら、なぜ頭を下げに行かなかった。
合わせる顔がないという言葉は、聞こえはしおらしい。
しかし待っている側からすれば、そんなものはただの放置だ。
林田は須崎に救われかけたが、須崎が沈んでいく時には手を伸ばせなかった。
そこにこの人物のどうしようもなさがある。
完全に憎めない。
でも許せもしない。
須崎が言った「許さない」は、視聴者の感情にもそのまま刺さる。
林田を見ていると、人は優しさだけでは変われないのだと思わされる。
それでも、優しさがなければ変わる入口にすら立てない。
この矛盾を背負ったまま、林田はこれからも夕方のチャイムに追いかけられる。
本当に腹が立つのは、スーパーでぶつかった連中だ
須崎の死をたどっていくと、林田の不在だけでは片づかない嫌なものが見えてくる。
スーパーで老人とぶつかり、倒れた相手をまともに気にもしない若者たちだ。
あの雑な通り過ぎ方が、須崎の身体を壊し、ひいては孤独の底へ突き落とした。
老人が倒れても世界は止まらないという地獄
須崎は林田を探すように、ひとりでスーパーへ向かっていた。
金曜に来るはずの男が来ない。
だから食材を買いに行ったというより、どこかで林田の気配を探していたように見える。
その途中で若者たちとぶつかり、頭を強く打つ。
ここで地獄なのは、ぶつかったこと自体より、その後の空気だ。
老人が倒れた。
頭を打ったかもしれない。
普通なら声をかける。
立てるか聞く。
救急車を呼ぶか迷う。
ところが、あの連中にはその一秒がない。
自分たちの歩く速度、自分たちの苛立ち、自分たちの都合だけが世界の中心にある。
須崎は殺されたというより、倒れた瞬間に「面倒な他人」として処理されたのだ。
これがいちばん腹にくる。
刃物を持った犯人なら、怒りの向け先ははっきりする。
でも通りすがりの無神経は、責任の輪郭がぼやける。
そのぼやけた部分で、人が静かに死んでいく。
あの場面で見過ごせない点
- 老人とぶつかったのに、相手の状態を確認していない
- 転倒や頭部打撲の危険を軽く見ている
- 自分たちの非を認めるより、場から離れることを優先している
- 周囲の人間も「誰かが見るだろう」で流している
悪意よりタチが悪い、無関心という加害
あの若者たちは、須崎を殺そうとしたわけではない。
だから余計に気持ちが悪い。
明確な殺意があれば、物語としてはまだ整理できる。
だが、あれは違う。
ただ邪魔だった。
ただぶつかった。
ただ倒れた老人を見なかったことにした。
この「ただ」の積み重ねが、人の命を削る。
須崎はその場で大声を出すタイプではない。
痛みを押し殺し、平気なふりをして帰ったのかもしれない。
高齢者が頭を打っても、すぐ症状が出ないことがある。
だからこそ怖い。
その後、硬膜下血腫ができ、少しずつ身体の自由が奪われていく。
水を飲むことも、助けを呼ぶことも、玄関まで行くことさえ難しくなっていく。
無関心は、悪意より静かに人を追い詰める。
誰も自分が加害者だと思わない。
だから反省もしない。
だから同じことをまたやる。
そこがたまらなくイヤだ。
罪に問えないからこそ、後味だけが腐って残る
たぶん、あの若者たちをきれいに裁くのは難しい。
防犯カメラに映っていたとしても、殺意があったわけではない。
転倒と死の因果関係をどこまで問えるのかも簡単ではない。
だからこそ、見ている側の怒りは行き場を失う。
せめて伝えてやれよと思う。
お前たちがぶつかった老人は、その後に亡くなった。
頭を打ち、動けなくなり、助けも呼べず、最後は玄関へ這っていった。
そう言われても、あの連中は「自分のせいじゃない」と言うかもしれない。
むしろ逆ギレするかもしれない。
でも、それでも聞かせるべきだ。
知らないまま次の誰かにぶつかるよりは、胸のどこかに一生取れない小さなトゲを刺しておいたほうがいい。
法で裁けない場所にこそ、人間の品性が出る。
須崎の死で見せられたのは、林田の弱さだけではない。
街の中にある、老人を透明人間にしてしまう冷たさだ。
倒れた人を見ても、関わりたくない。
面倒に巻き込まれたくない。
その感覚が積もった先に、須崎の部屋の静けさがある。
誰かが一度でも立ち止まっていたら、あの金曜のチャイムは別の音になっていたかもしれない。
それを考えるほど、腹の底がぬるく腐っていく。
たこつぼ型心筋症という死因があまりにきつい
須崎の死因が「たこつぼ型心筋症」だったという着地は、かなり嫌な刺さり方をする。
誰かに刺されたわけでも、毒を盛られたわけでもない。
心が耐えきれなくなって、身体のいちばん大事な場所が壊れたのだ。
体より先に、心が限界を迎えていた
水沢が解剖結果を精査し直し、須崎の死に強いストレスが関わっていた可能性へたどり着く流れは、静かなのに重い。
遺体は黙っている。
だが、身体には最後の叫びが残る。
頭を打ったことで硬膜下血腫ができ、須崎の身体は少しずつ言うことを聞かなくなっていった。
歩く、立つ、助けを呼ぶ、玄関まで行く。
若い人間なら当たり前にできる動きが、須崎から順番に奪われていく。
そこへ追い打ちのように、林田が来ない金曜日が続く。
身体は動かない。
電話もない。
話す相手もいない。
それでも須崎の頭の中では、夕方のチャイムだけが鳴り続けていたはずだ。
須崎は病気で急に倒れたのではなく、孤独と失望にじわじわ追い込まれて死んだ。
死因の名前がついたことで、かえって残酷さが増している。
名前がついても、救われたわけではないからだ。
須崎を追い詰めたもの
- スーパーで頭を打ったことによる身体の異変
- 林田が来なくなった金曜日の空白
- 助けを呼べない生活環境
- チャイムに希望を託すしかない孤独
林田に会えないことが、須崎の命を削っていた
須崎にとって林田は、ただの知人ではない。
ましてや、たまに飯を作りに来る便利な男でもない。
あの部屋で唯一、自分のために手を動かしてくれる存在だった。
カレーを作る。
一緒に食べる。
余ったおかずを保存容器に入れる。
こういう小さな生活の動きが、須崎の部屋から死の匂いを遠ざけていた。
人は大げさな愛情だけで生きているわけではない。
冷蔵庫に誰かが入れたおかずがあるだけで、明日を迎える理由になることがある。
須崎はきっと、林田を待ちながら食材を考えていた。
今日は何を作らせるか。
またカレーか。
別のものも作れるのか。
そんなくだらない想像こそ、生きる力だった。
林田が来ないという事実は、須崎から予定ではなく未来を奪った。
だから「会えなくなったことが強いストレスだったのかもしれない」という説明は、きれいな分析で済まない。
須崎にとっては、心臓を握りつぶされるほどの喪失だった。
孤独死ではなく、待ち続けた末の死だった
須崎の最期を「孤独死」と呼ぶと、少しズレる。
たしかに部屋には一人しかいなかった。
誰にも看取られず、倒れ、発見された。
だが、須崎の心は最後まで一人ではなかった。
林田を待っていた。
チャイムの音に反応した。
玄関へ這っていった。
この行動のひとつひとつが、須崎の中にまだ希望が残っていたことを示している。
しかし、その希望が一番むごい刃になる。
玄関の向こうに林田がいれば、須崎は助かったかもしれない。
少なくとも、笑って怒ることはできたかもしれない。
「何してた」と言い、「腹減った」と言い、また何かを作らせたかもしれない。
でもそこにいたのは林田ではなかった。
その瞬間、須崎の中で金曜日が終わった。
待っていた相手が来なかったと知った絶望が、須崎の最期の景色になった。
これは泣かせに来る悲劇ではない。
もっと嫌なものだ。
誰かを待つことだけが生活の支えになった人間が、その待つ力ごと折れてしまう物語だ。
だから胸が詰まる。
須崎は誰にも愛されなかった老人ではない。
誰かを信じたせいで、いちばん深い場所まで傷ついた老人だった。
MEJの解散で、物語はきれいごとを許さなくなった
須崎の死を見届けたあとに、MEJ解散の通知をぶつけてくる構成がえげつない。
事件を解決した。
遺体の声を拾った。
それでも組織は「よくやった」と抱きしめてはくれない。
事件を解決しても、組織は守ってくれない
水沢たちは須崎の死に向き合い、ただの孤独死に見えた遺体から、見落とされかけていた真相を拾い上げた。
スーパーでの転倒、林田が来なくなった金曜日、たこつぼ型心筋症という死因。
点に見えたものを線にして、須崎が何を待ち、何に絶望して死んだのかまでたどり着いた。
本来なら、ここでMEJの存在意義は証明されたはずだ。
普通の処理なら見逃されたかもしれない死を、彼らは「一人の人生」として掘り返した。
なのに桐生麻帆が持ってきたのは、評価でも称賛でもなく解散の通知だ。
この冷たさがいい。
いや、いいというより、現実っぽくて腹が立つ。
人の死に誠実であることと、組織に必要とされることは同じではない。
ここが突きつけられる。
どれだけ真摯に働いても、上が不要だと判断すれば部署は消える。
数字にならない仕事、成果が見えにくい仕事、面倒な真実を掘り起こす仕事ほど、組織から煙たがられる。
MEJはまさにそれだ。
死者のために余計な手間をかける。
遺族や関係者の感情を揺らす。
警察や行政の処理だけでは済まない場所に踏み込む。
必要なのに、面倒くさい。
だから切られる。
この理不尽さが、須崎の孤独と妙に重なる。
MEJ解散が重く見える理由
- 須崎の死を丁寧に掘り起こした直後だから、仕事の価値がより見えている
- 成果を出しても守られない現実が、あまりに生々しい
- 死者に寄り添う部署ほど、組織の都合で潰される皮肉がある
- メンバーそれぞれの覚悟が、ここから剥き出しになる
新部署あるあるの解散展開でも、今回は痛みがある
ドラマで新設部署が出てくると、だいたい終盤で「解散だ」「廃止だ」「上層部が認めない」となる。
見慣れた展開と言えば、見慣れた展開だ。
だが今回のMEJ解散は、ただのお約束で流せない。
なぜなら、須崎の死を見たあとだからだ。
あの老人の最期は、誰かが丁寧に見なければ「一人で死んだ老人」で終わっていた。
林田との関係も、金曜の赤丸も、チャイムに託した希望も、全部なかったことにされていた。
MEJがなければ、須崎の人生の最後の一週間は、ただの記録に押し込められていたかもしれない。
その必要性を見せつけた直後に潰すから、解散通知がただの波乱ではなく暴力に見える。
桐生麻帆の立場も簡単ではない。
彼女が悪魔のように笑って壊しに来たわけではないだろう。
組織の判断を運ぶ役目として、あの場に立っている。
だから余計に嫌なリアルがある。
悪役が高笑いしてくれたら、こちらも怒りやすい。
でも現実の理不尽は、たいてい書類の顔をしてやってくる。
「決定しました」という温度のない言葉で、人の居場所を終わらせる。
MEJの解散は、そういう種類の冷たさだ。
バラバラになった時に、本気の仕事が見える
MEJが解散するとして、ここから見たいのは「部署がなくても同じことをするのか」だ。
水沢真澄は、肩書きがあるから遺体に向き合っていたのか。
吉本由季子は、MEJの一員だから現場に違和感を覚えたのか。
松原涼音は、チームだから防犯カメラを追ったのか。
たぶん違う。
彼らはもう、見てしまっている。
死者が残す小さな痕跡を見逃すと、どれだけ大事なものが消えるのかを知ってしまった。
須崎の赤丸を見た人間は、もうただのカレンダーをただのカレンダーとして見られない。
冷蔵庫の保存容器も、スーパーのレシートも、玄関のチャイムも、全部が誰かの人生につながっていると知ってしまった。
組織が消えても、見えてしまったものは消せない。
そこがMEJ解散後の面白さになる。
バラバラにされても、各自が別の場所で同じ執念を出すのか。
それとも、解散撤回へ持ち込むほどの結果を叩きつけるのか。
どちらに転んでも、ぬるい着地だけは似合わない。
須崎の死をここまで痛く描いた以上、MEJの解散もただの一時的なピンチで終わらせたら嘘になる。
死者の声を拾う仕事が、組織の都合で簡単に消されていいのか。
その問いが、最後にずしんと置かれた。
LOVED ONE第9話のネタバレ感想まとめ|許さないと言った老人が、一番許していた
須崎の最期は、静かすぎるからこそ胸に残る。
誰かに派手に殺されたわけではない。
ただ、待って、信じて、裏切られて、体も心も動かなくなっていった。
須崎の最期は静かすぎて、逆にえぐい
須崎は怒鳴らない。
泣き叫ばない。
自分の寂しさを誰かに押しつけることもしない。
だから余計にきつい。
カレンダーに赤丸をつけて、林田が来る金曜日を待つ。
スーパーへ行く。
食材を買う。
チャイムが鳴る時間を意識する。
それだけの生活が、老人にとっては立派な希望だった。
周りから見れば小さすぎる予定かもしれない。
でも須崎にとっては、一週間を生きる理由そのものだった。
孤独の怖さは、一人でいることではなく、待っている相手が来なくなることなのだ。
しかも須崎は、林田をただ都合よく使っていたわけではない。
犯罪者としてではなく、飯を作れる人間として見ていた。
「お前の作るメシうまいよ」という言葉には、須崎なりの信頼が詰まっている。
それなのに最後、チャイムの音に希望を託して玄関へ這っていく。
この姿が忘れられない。
もう体は限界なのに、心だけはまだ林田を待っている。
玄関の向こうにいたのが林田ではないとわかった瞬間、須崎の中で何かが完全に折れた。
静かな部屋で、誰にも届かない失望だけが膨らんでいく。
派手な悲劇より、こういう死に方のほうがよほど刺さる。
林田は裁かれるべきでも、切り捨てるだけでは終われない
林田に同情しすぎるのは違う。
須崎に手を差し伸べられ、金曜の食卓を与えられ、やり直すきっかけまであった。
それでも金がなくなればまた盗みに戻った。
ここは甘やかせない。
合わせる顔がなかったという言葉も、聞きようによっては身勝手だ。
顔向けできないなら、なおさら行くべきだった。
怒られに行くべきだった。
「許さない」と言われるために、須崎の前に立つべきだった。
だが林田は逃げた。
その逃げが、須崎の生活を空白にした。
林田の罪は、盗みだけではなく、自分を待っている人間を放置したことにある。
ただ、それでも林田を単純な悪人として処理できないのが嫌らしい。
夕方のチャイムを聞くたびに須崎を思い出す。
この一言で、林田が須崎のことを忘れていなかったとわかる。
忘れていないなら行けよ、という怒りは当然ある。
でも忘れられないまま生きる罰も、相当しんどい。
須崎の「許さない」は、林田を切り捨てる言葉ではなかった。
むしろ、まだ人間として見ているからこその怒りだった。
林田はその怒りを受け取る場所まで戻れなかった。
そこが情けなくて、腹立たしくて、少しだけ哀れだ。
MEJの解散が、このドラマの着地点を一気に不穏にした
須崎の死にきちんと意味を与えた直後、MEJ解散という爆弾が落ちる。
これがまた、嫌なタイミングだ。
水沢たちは、遺体の奥にあった孤独を掘り起こした。
吉本は現場の違和感を見逃さず、松原と一緒に防犯カメラを追った。
林田の存在、スーパーでの転倒、硬膜下血腫、たこつぼ型心筋症。
全部をつないで、須崎がただ死んだのではなく、誰かを待ちながら死んだことを明らかにした。
この仕事に意味がないわけがない。
なのに組織は解散を告げる。
人の死を丁寧に見ることより、組織の都合が勝つ。
MEJ解散は、死者の声を拾う仕事そのものが社会から邪魔者扱いされる不穏さを持っている。
事件を解けば終わりではない。
真相を知れば救われるわけでもない。
須崎は戻らないし、林田の後悔も消えないし、MEJの居場所まで奪われる。
それでも、彼らが見つけたものには価値がある。
須崎の赤丸は、ただのカレンダーの印ではなかった。
チャイムは、ただの来客音ではなかった。
レシートは、ただの買い物記録ではなかった。
そういう小さなものに、人の最後の希望が残る。
MEJが消えるなら、その希望を誰が拾うのか。
この問いを残したまま物語が進むなら、ぬるい着地はもう許されない。
まとめると、ここが刺さった
- 須崎の死は孤独死ではなく、林田を待ち続けた末の死だった
- 林田は最低だが、須崎に救われかけた弱さがあるから簡単に切れない
- スーパーでぶつかった若者たちの無関心が、もっとも現実的で腹立たしい
- たこつぼ型心筋症という死因が、須崎の心の限界を突きつけてくる
- MEJ解散によって、死者に寄り添う仕事の行方まで不穏になった
- 須崎の死は孤独死ではなく、林田を待ち続けた末の死
- 金曜の夕方だけが、須崎の生活を支えていた
- 林田は最低だが、完全に切り捨てきれない弱さもある
- スーパーでぶつかった若者たちの無関心が胸くそ悪い
- たこつぼ型心筋症が、須崎の心の限界を突きつける
- チャイムの音が希望から絶望に変わる最期がきつい
- MEJ解散で、死者に寄り添う仕事の行方も不穏に




コメント