昭和十一年、風がまだ紙の匂いを運んできたあの時代に、ぽつんと始まったふたりの夫婦生活──ドラマ『波うららかに、めおと日和』は、どこか懐かしくて、でも新しい「夫婦の形」を描き出しています。
そしてその物語は、芳根京子さん演じるなつ美と本田響矢さん演じる瀧昌の心の距離が、少しずつ変わっていく軌跡を、息を呑むようなロケ地の風景に溶け込ませています。
この記事では、『波うららかに、めおと日和』の主要ロケ地を巡りながら、昭和の空気感に触れる旅へご案内します。そこには、ただの「撮影場所」ではない、ふたりの“心の足跡”が確かに残されているのです。
- 『波うららかに、めおと日和』の主要ロケ地の魅力
- 昭和の風景と夫婦の感情が交差する演出の意図
- 言葉にしない愛情表現の奥深さと美しさ
最も心が動くロケ地はどこ?『めおと日和』の名シーン舞台ベスト3
どの場所で、ふたりの距離は少し近づいたんだろう。
そんな視点で『波うららかに、めおと日和』を見返してみると、ただの“昭和の風景”じゃなく、心が震えた瞬間が浮かび上がってくる。
ここでは、その中でもとくに心が動いた3つのロケ地を紹介するね。
① 柴原邸の門|千葉・リストランテ カーザ・アルベラータ
ふたりの「夫婦」としての生活が始まった玄関口。それが、香取市のレストラン「カーザ・アルベラータ」にある門だった。
この場所は、ただの出入り口じゃない。なつ美が初めて“結婚という現実”に足を踏み入れた、象徴の場所なの。
瀧昌が門を出て、左に歩いていくシーン。たったそれだけなのに、その背中が「これから何が始まるんだろう」って、胸に静かに問いかけてくる。
門構えの重厚感、陰影が美しい木々の揺れ、そして遠くに響く鳥の声。どれもが“昭和十一年”をそのまま閉じ込めたような空気だった。
夫婦って、同じ屋根の下に住めば自然と仲良くなれる、そんな単純なものじゃない。
それでも、この門をくぐったふたりの物語が、視聴者の中にもそっと入り込んでくる──だから、心に残る舞台なの。
② なつ美と瀧昌の再会|真岡鐵道小貝川橋梁
再会って、言葉よりも沈黙の方が、感情が濃い。
第2話で、なつ美と瀧昌がバス停で再会するシーン。あの舞台は、栃木県芳賀郡の「真岡鐵道 小貝川橋梁」だった。
土木遺産にも認定された歴史ある橋の近く。春の光が水面にゆらいで、強くもなく、弱くもない風がふたりの間を通り抜けていく。
一言目を発するまでの“ため”がすごく良かった。
「2か月ぶりだね」と言うには長すぎて、「久しぶり」と言うには短すぎる時間。 ふたりがそれぞれ心の中で、どう言葉を選ぼうとしてたのか、想像するだけで胸がつまる。
風景と間の演出だけで、会話以上の“感情の熱”を伝えられるなんて、ちょっとずるいくらい美しいシーンだった。
真岡鐵道の無骨な橋梁と、淡い恋の温度差。このコントラストが切なさを何倍にもしていたと思う。
③ “喫茶キズナ”に隠れた想い|さわら町屋舘の横
第6話。なつ美と瀧昌が偶然、深見の姿を見かけて“隠れる”シーン。
このシーンの舞台になったのは、千葉県香取市のさわら町屋舘の横。
いかにも観光地っぽい華やかさじゃない。けれど、どこか懐かしくて、「この街にあった人生」の匂いが残っている場所。
ふたりが身を寄せて隠れる一瞬。距離が近づいたというより、“気持ちが揃った”瞬間だった。
この一時の共有こそ、夫婦という形を超えた“絆の芽”なのかもしれないって思ったの。
私、このシーンを観ながら、ふたりが急に恋人みたいに見えた。
でもそれって、恋じゃなくて、生活をともにしてきた時間が育てた“信頼”なんだよね。
だからこそ、「喫茶キズナ」という劇中の場所の名が、エモーショナルな伏線になってる気がしてならなかった。
──こんなふうに、ロケ地は単なる背景ではなく、“ふたりの感情が流れた場所”として観ることで、ドラマはもっと深く胸に残っていく。
あなたにも、画面越しに感じた「なつ美のまなざし」や「瀧昌の背中」を、ぜひその足で追いかけてみてほしい。
昭和レトロの粋、千葉「佐原」の街並みで時代を超えた夫婦愛を映す
ただ美しいだけじゃ、心は動かない。
『波うららかに、めおと日和』で映し出された佐原の町並みには、情緒と人間味の入り混じる“温度”があった。
それは、なつ美と瀧昌の夫婦関係が少しずつ深まり、ふたりが同じ景色を見られるようになっていく過程と、どこかリンクしていたように感じる。
小江戸・佐原の魅力とロケ作品の歴史
千葉県香取市・佐原。
この町は「小江戸」と呼ばれるほどに、古き良き町並みが今も色濃く残っている。
小野川沿いの石畳や木造の商家、そして人の営みが感じられる路地の静けさ。それらがドラマの中で、“昭和十一年”という時間を体感させてくれる背景となっていた。
佐原はこれまでに、『花子とアン』や『いだてん』といった歴史ドラマの舞台にもなってきた名所。
でも『めおと日和』では、観光地らしさを強調するより、暮らしのリアリティを引き出すような撮り方をしていたのが印象的だった。
そこがアユミ的にはすごく好きなポイント。
共栄橋・町並み観光中央案内処など、感情の波が揺れる舞台
たとえば第3話に登場した共栄橋。
小野川に架かるこの橋の上で交わされる視線や間(ま)は、台本にはない心のセリフを感じさせてくれた。
橋というのは、「渡る/渡らない」の選択を象徴する場所でもある。
ふたりが“夫婦”になっていくには、越えるべきものがある。共栄橋には、そんな暗喩が静かに込められていたような気がしたの。
また、なつ美が思い出の写真に見入る「桃山寫真館」は、町並み観光中央案内処で撮影された場所。
観光施設というよりは、過去と現在をつなぐ“記憶の保管庫”のような存在に見えた。
なつ美にとっても、そこは「自分の気持ちを確かめる場所」だったんじゃないかな。
そして、あえて多くは語らないけれど、ふたりがすれ違って、また戻るという関係性が、この町のゆるやかな空気の中にぴったりだった。
佐原の街並みが持つ“人を責めない時間の流れ”が、ドラマにやさしさを添えていたんだと思う。
私がこの町を歩くとしたら、たぶん、ふたりが並んで歩いたあの路地を同じ角度で見てみたい。
夫婦って、隣にいるのに、心がすれ違うこともある。
でも、その道を一緒に歩き直せば、きっとまた通じ合える。
そんなふうに、この町並みが教えてくれる“夫婦のかたち”があると、私は信じてる。
千葉県立「房総のむら」で体験する、昭和十一年の世界観
時代を描くには、背景がただの“舞台セット”じゃ足りない。
空気、匂い、陽の入り方──それら全部が揃って初めて、登場人物の気持ちがリアルに見えてくる。
『波うららかに、めおと日和』において、それを可能にしたのが「房総のむら」という不思議な場所だった。
商家・武家・旅館…実際に歩ける“ドラマの中の暮らし”
千葉県印旛郡にある千葉県立 房総のむらは、体験型博物館というより、まるごと一つの「昭和十一年」だった。
ここでは、町人の家、旅館、商家、武家屋敷などが精密に再現されていて、歩くだけで“その時代の生活”に引き込まれる。
なつ美と瀧昌が泊まった「館山旅館」は、総屋(案内所)で撮影された場所。
瓦屋根と格子の玄関が、どこか“初めての夫婦旅行”を思わせる風情で、見ていて自然と心がふわりとした。
また、こどもにぶつかりそうになったシーンで使われた橋や、瀧昌が立ち寄った花屋(川魚の店)も、すべてこの中にある。
つまりこの施設自体が、“ふたりの関係の時間軸”をまるごと包み込んでいるというわけ。
第6話で登場した、なつ美の実家や神社の舞台も房総のむら
第6話で印象的だったのは、なつ美が瀧昌を連れて帰省する場面。
あの実家の前に使われたのが、「房総のむら」内にある武家屋敷。
中級武士の暮らしを再現した建物だけれど、なつ美の実家にしては質素だけどどこか誇り高さを感じさせる、そんな空気感が本当にぴったりだった。
このシーンって、なつ美が“娘”に戻る瞬間でもある。
つまり、妻であり、でも一人の女性でもある彼女の内面が滲み出る、大切な場面。
背景がどこまでも“ありふれている”からこそ、演技がぐっと浮かび上がる。
さらに、瀧宮神社の境内──ここもまた「懐かしいのに、初めて来た感じがしない」空間だった。
神社って、その人の“今”と“これから”を祈る場所だけど、同時に、過去の記憶をなぞる場所でもある。
だからこそ、ふたりで並んでお参りをするその姿に、これまで積み重ねてきた時間の重みが見えたの。
「房総のむら」は、ただの歴史再現ではなく、“感情の追体験”ができる場所。
そして、それが『めおと日和』の映像美と静かな演技に見事に溶け込んでいた。
きっと、ロケ地として選ばれた理由は、見た目の美しさだけじゃなかったと思う。
それは、人生の節目に立つふたりの、心の変化を映すのにふさわしい“静かな舞台”だったから。
もし実際に訪れることがあったら、ドラマのセリフを思い出しながら歩いてほしい。
その瞬間、あなたの心の中にも、なつ美と瀧昌がそっと現れるはずだから。
愛を育んだ「帝国海軍」の面影を残す建物たち
好き、という気持ちだけでは、支えきれない日々がある。
それを強く実感させたのが、『波うららかに、めおと日和』の中で描かれる帝国海軍の世界と、瀧昌の立場だった。
この章では、そんな彼の“背中の重さ”を物語るロケ地──歴史が静かに息づく建物たちに焦点をあてる。
(旧)昭和電工川崎工場本事務所の静謐な存在感
まず紹介したいのは、神奈川県川崎市にある旧・昭和電工川崎工場本事務所。
ここが、瀧昌が帝国海軍の中尉として勤務している建物として登場した。
昭和6年に建てられたこの事務所は、国の有形文化財に登録されており、外観も内装もまるで「時間が止まっている」かのような静謐さがある。
赤茶色の煉瓦、磨かれた木の階段、重厚な扉。そのすべてが“時代の責任感”を背負った建築だった。
この場所に立つ瀧昌は、家にいるときとはまるで別人。
なつ美といるときは言葉を選んでいた彼が、ここでは鋭く、命令的な言葉を口にする。
それが、夫婦という“個人”と、軍人という“社会”のはざまで揺れる姿を、無言で語っていたように感じた。
SHIRASE5002で描かれた“海の男”の背中
そしてもうひとつ、印象深かったのが千葉県船橋市に係留されている南極観測船「SHIRASE5002」での撮影。
瀧昌が艦の甲板や機関室を歩くシーンでは、彼が何を見て、何を思っていたのか、その無言の時間がすべてを物語っていた。
このSHIRASEは、実際に南極観測の任務に就いていた自衛隊の砕氷艦。1983年から2008年の間に25往復も南極との航路を渡ったという。
物語とは違っても、そこに流れていたのは本物の「使命の空気」だった。
機械音と金属のきしみ、狭く硬質な通路──それらが瀧昌の“感情を封じた背中”と見事にシンクロしていた。
愛していても、それだけじゃ守れないものがある。
瀧昌は、そのことを最も早く知っていた人だったんじゃないかな。
海軍という職業、時代の流れ、国家という重圧。
それらが、なつ美に「この人の本当の姿を、私はどこまで知っているんだろう」と思わせる。
でも同時に、それを理解しようとする“歩み寄り”が、彼女の心の成長にもなっていた。
物語の中で、ふたりの愛は決して劇的じゃない。
でも、こうした場所で語られる「無言の決意」と「静かな覚悟」が、ドラマの底に流れる強さになっていた。
帝国海軍の建物たちは、戦争を描くためではなく、ひとりの人間の心の揺らぎを映す鏡として存在していた。
その静けさの中にこそ、ふたりの愛の「芯」が見えた気がする。
埼玉と栃木に残された「ふたりの思い出」たち
出会いには、必ず“記憶の余白”がある。
ドラマ『波うららかに、めおと日和』の中でも、埼玉と栃木に点在するロケ地は、そんなふたりの人生の「隙間」を優しく埋めてくれていた。
派手ではないけれど、忘れられない。その気持ちに触れたくて、私はこの土地の風景を何度も見返してしまうの。
モダン亭太陽軒のステンドグラスに宿るロマン
第3話でふたりが訪れた「テーラークサカベ」の内観として登場したのが、埼玉県川越市のモダン亭太陽軒。
大正11年創業のこのレストランは、和と洋が調和する建築美で、まるで“ふたりの関係”そのもののように思えた。
瀧昌が「この菓子、海軍に卸しているらしい」と話すシーンでは、ステンドグラスの柔らかな光が、なつ美の横顔をそっと照らしていた。
私、この光を見たとき思ったの。
ふたりの距離が、やっと“差し込む日差し”で見えるようになってきたんだなって。
お互いを知りたいという気持ちが、表情に出すぎないように抑えている──そんな繊細な演出が、この空間の上品さと見事に重なっていた。
深谷商業高校や瀧宮神社で感じる、少女時代の余韻
第6話では、なつ美の“少女時代”をたどる場面がいくつかあった。
彼女が通っていた女学校として登場したのが、埼玉県立 深谷商業高校 二層楼。
大正11年建築、フレンチ・ルネサンス様式の校舎は、クラシカルなのにどこか繊細で、夢のような佇まいだった。
なつ美が「昔の自分」に出会うような空気があって、その場所で語られる言葉のひとつひとつが、ふたりの関係をやわらかく包んでいたと思う。
そして、ふたりで足を運んだ瀧宮神社。
願うというより、見守るような佇まいのこの神社には、なつ美の過去と現在がふわりと重なる“通り道”があるように思えた。
瀧昌と並んで鳥居をくぐる姿は、ただの夫婦ではなく、「これからのふたり」を誓う“同志”のようにも見えた。
この回を観ていたとき、私はこう感じたの。
記憶の中にある場所は、いつか“未来の礎”になるんだなって。
ふたりの足跡は、確かに埼玉という風景に刻まれていた。
その静かな景色の中に、なつ美が少女だった頃に見た夢や、不安や、初恋みたいな感情がそっと眠っていた。
観るたびに、この場所が「過去」としてじゃなく、「これからの物語の一部」として蘇ってくる。
それはきっと、“夫婦の歴史”は、いつだって一方の記憶から始まるから──そう、私は思っているの。
言葉じゃないから伝わる、“静かな夫婦”の距離感
このドラマのふたり、よく沈黙するんです。
一緒にいても、すぐには笑わない。喜びも、遠慮がちにしか出てこない。
でも、それがなんとも言えず、いい。
いまどき珍しいくらい、言葉にしない“夫婦の関係”が描かれている気がするんです。
沈黙が不安じゃなくなる関係って、実はすごい
たとえば、なつ美が黙ってお茶を淹れて、瀧昌が何も言わずにそれを飲む。
一見、会話が足りないように見えるけど、その沈黙には“共有しているもの”の強さがあるんですよね。
私たちってつい、「話さなきゃ」と思いがちだけど、本当に近い人とは、話さなくても伝わる瞬間って、確かにある。
むしろ、そういう関係ってすごく贅沢。
このドラマは、そんな“静かな親密さ”を見せてくれる稀有な物語なんです。
昭和という時代が育てた「控えめな愛情表現」
そして、この沈黙の美学には昭和という時代背景も大きく関係していると思うんです。
言葉で愛を伝えるより、態度や行動で示す。
ちょっと不器用で、でもとても誠実なふたりのやりとりは、まさに“日本人らしい愛し方”の原点みたいなもの。
たとえば、瀧昌が黙って花を買って帰るシーン。
「ごめん」も「好き」も言わないけど、その行動に込めた気持ちが、ちゃんと伝わる。
それって、ちょっと泣けるくらい美しいんですよね。
“何も起こらない時間”こそ、愛が深まるチャンス
何も事件が起きない日、予定もなく、ただ一緒にいるだけの日。
そんな時間って、ふつうのドラマだと描かれにくいけど、『めおと日和』はあえてそこを丁寧に描いてくれている。
日常の中にある、小さな選択やまなざしが、ふたりの関係をほんの少しだけ変えていく。
何かを「しよう」とするんじゃなくて、ただ「いる」ことの重みを教えてくれる。
ドラマを観て、「自分もこんな時間、大事にしたいな」って思った人、きっと多いんじゃないかな。
そんなふうに思わせてくれるのが、『波うららかに、めおと日和』のすごさなのかもしれません。
『めおと日和』ロケ地まとめ──その風景は、あなたの心にもきっと残る
夫婦とは、記憶の風景を“共有していく営み”なのかもしれない。
『波うららかに、めおと日和』が描いたのは、華やかな恋愛ではなく、名前のない時間をふたりで重ねていく静かな愛のかたちだった。
そして、その物語の輪郭を支えていたのが、ひとつひとつのロケ地。
今回はその中でも、とくに“記憶と心”をつないでくれた場所たちを、アユミの視点で辿ってきた。
名シーンの背景にある「空気」を感じてみて
千葉・佐原の風情ある小江戸の街並み。
香取市の静かな橋の上、瀧昌の背中が去っていった道。
房総のむらで再現された昭和十一年の暮らし。埼玉の女学校やレストランに漂う、少女の頃のなつ美の記憶。
どの場所も、ただの“セット”ではなかった。
登場人物たちの感情が染み込んだ「もう一人の語り手」のような存在だった。
映像の中の空気がやわらかく揺れるたびに、
「この場所で、ふたりは何を感じたのか」
と、自分自身の想い出と重ねてしまう。
それが、『めおと日和』のロケ地に込められた魔法だと思う。
ロケ地巡礼は、もう一つの“夫婦の物語”を始める旅
もし、この作品に心を揺さぶられたなら。
ぜひ、実際にロケ地を歩いてみてほしい。
なつ美が見つめた写真、瀧昌が背中で語った覚悟。
そのすべてが、あなたの一歩先に待っている。
時代は違っても、恋の悩みや不安、嬉しさや照れくささは変わらない。
このロケ地の旅は、ふたりの物語を追いかけるだけでなく、自分自身の“心の記憶”を確かめる旅にもなるはず。
だから私は、このドラマに出会えてよかったと思っている。
そして、あなたがこの記事をここまで読んでくれたことも。
誰かを思い出したとき、その想いを「風景」と一緒に残せること──それはきっと、かけがえのない奇跡だから。
この作品と、そのロケ地たちが。
あなたの中に、静かに息づいてくれますように。
- 『波うららかに、めおと日和』のロケ地を物語の感情と重ねて紹介
- 小江戸・佐原や房総のむらなど昭和の空気が感じられる場所が多数登場
- 海軍施設や南極観測船SHIRASEを通して瀧昌の内面を表現
- 川越や深谷の建物にはなつ美の少女時代と過去の記憶が宿る
- 言葉にしない夫婦の心の交流が静かな余白として描かれる
- “風景と感情のリンク”を楽しめるロケ地巡礼の魅力を提案
- 沈黙や間合いに宿る昭和的な愛情表現を丁寧に分析
- 全体を通して、夫婦のあり方をやさしく問い直す視点を提示
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