甲斐享がダークナイトだった。
『相棒』を見てきた人間にとって、これほど飲み込みにくい結末もそう多くない。
Season11から3年間、杉下右京の隣にいた男。
若くて、血の気が多くて、危なっかしい。でも根っこの部分では真っすぐだった。
その甲斐享が、実は裏で犯罪者を殴り続けていた。
しかも一度ではない。
法律で裁かれなかった悪人を自分の手で制裁する「ダークナイト」として、何度も私刑を繰り返していた。
そりゃ驚く。
というより、最初に見たときは「いや、急すぎないか?」と思った人の方が多かったはずだ。
だが、問題は「享が犯人だった」というオチだけではない。
もっと嫌なところにある。
甲斐享は、杉下右京が自分で選んだ相棒だった。
亀山薫は左遷されてきた。神戸尊は上から送り込まれてきた。
享だけは違う。
右京が見つけて、右京が誘った。
その男が、右京の隣にいながら犯罪を続けていた。
そして最後には、右京自身がその正体を暴く。
「ダークナイト」は甲斐享の転落を描いた話であると同時に、杉下右京は本当に相棒を見ていたのかと突きつけてくる話でもある。
この記事では、甲斐享がなぜダークナイトになったのか。最初の動機、私刑を続けた理由、伏線は本当にあったのか、逮捕後どうなったのかまで掘っていく。
- 甲斐享がダークナイトになった理由
- 最初に私刑へ走ったきっかけ
- なぜ一度の復讐で終わらなかったのか
- ダークナイトの伏線は本当にあったのか
- 右京が享の正体を見抜けなかった意味
- 甲斐享が逮捕された後どうなったのか
- 「ダークナイト」が今も賛否を呼ぶ理由
甲斐享はなぜダークナイトになった?きっかけは親友の妹の死
まず、甲斐享がダークナイトになった直接のきっかけから整理しておこう。
享には高校時代から付き合いのある親友がいた。
その親友の妹が、通り魔によって殺される。
当然、犯人は捕まった。
ところが、そこで終わらなかった。
犯人は犯行時の精神状態を理由に、刑事責任を問われない結果となる。
人が一人殺された。
遺族は人生を壊された。
なのに、加害者は刑罰を受けない。
享の親友は納得できなかった。
当たり前だ。
そして享も納得できなかった。
「法律が裁かないのなら、自分たちが裁くしかない」
その発想へ踏み込んでしまった。
ここで最初の一線を越える。
享は、親友の代わりに妹を殺した男へ制裁を加えた。
これがダークナイトの原点だった。
享が怒ったこと自体は理解できてしまう
この事件が厄介なのは、享の怒りそのものにはかなり共感できてしまうことだ。
「人を殺しておいて、なぜ裁かれないんだ」
遺族でなくても、そう思う人はいるだろう。
まして享は警察官だ。
犯罪者を捕まえる側にいる。
法律が被害者を救えない場面も知っている。
だから余計に腹が立った。
ただし、ここで絶対に分けなければならないものがある。
怒ることと、殴ることは別だ。
どれだけ相手が許せなくても、警察官が自分の判断で刑罰を与え始めたら、それはもう捜査ではない。
私刑だ。
享はそこを越えた。
そして一度越えた線を、元へ戻せなくなった。
なぜ甲斐享は一度の復讐でやめなかったのか
個人的に「ダークナイト」で一番気になるのはここだ。
親友の妹を殺した男への復讐。
そこまでは、まだ動機が分かる。
許されるという意味ではない。
だが「なぜやったのか」は理解できる。
問題はその後だ。
享は復讐を一度で終わらせなかった。
法律の網をすり抜けた犯罪者たちを探し、自ら制裁するようになる。
ここで「親友のための復讐」は、まったく別のものへ変質している。
享はいつの間にか、自分自身を“法律の代わりに悪を裁く人間”へ置いてしまった。
ダークナイトは世間から喝采された
さらに危険だったのが、世間の反応だ。
ダークナイトが狙うのは、警察や法律では十分に裁けなかった悪人ばかり。
そのためネットでは、ダークナイトを支持する声まで出る。
「よくやった」
「警察ができないことをやってくれた」
「悪人なんだから殴られて当然だ」
そういう空気だ。
これは怖い。
最初は怒りでやった。
ところが世間から拍手される。
自分のやったことが「正しい」と言われる。
すると次もやれる。
そして、その次も。
人は自分を悪人だと思いながら悪事を続けるより、「自分は正しいことをしている」と思ったときの方が止まりにくい。
享はそこへ入ってしまった。
正義感が弱かったからではなく、強すぎたから危なかった
甲斐享は、もともと正義感のない人間ではない。
むしろ逆だ。
熱い。
理不尽なことが嫌い。
被害者へ感情移入する。
納得できないことがあると、上司相手でも黙っていられない。
だから右京も享を認めた。
しかし、その長所は一歩間違えると危険になる。
自分が正しい。
相手は間違っている。
なら、自分が相手を裁いてもいい。
ここまで行った瞬間、正義感は正義ではなくなる。
ダークナイトは、甲斐享の中に突然生まれた別人格ではない。もともと持っていた熱さと正義感が、最悪の方向へ振り切れた姿だった。
そう考えると、あの結末にも一応の筋は通る。
そもそもダークナイトとは何をしていた?
Season13最終回で世間を騒がせていた「ダークナイト」は、警察では裁き切れなかった悪人を狙う謎の制裁者だった。
ここ2年足らずの間に、同じような暴行事件が5件発生。
ネット上では名前まで付けられ、一種の英雄のように扱われていた。
ところが、ある都議会議員がダークナイトと思われる人物に襲われ、死亡する。
これまでの事件とは明らかに違う。
ダークナイトは人を殺していなかった。
享はすぐに「模倣犯ではないか」と疑う。
その読み自体は正しかった。
だが、ここから享はどんどん苦しくなる。
なぜなら、
模倣された“本物”が自分だからだ。
右京と一緒にダークナイトを追う。
その隣に、本物のダークナイトがいる。
改めて考えると、とんでもない構図である。
杉下右京はどうやって甲斐享がダークナイトだと見抜いた?
右京が違和感を持ったのは、享の言動だった。
享は新たな殺人事件について、かなり早い段階から模倣犯の可能性を主張する。
もちろん刑事としての推理にも見える。
しかし右京は、小さな違和感を放っておかない。
過去のダークナイト事件。
今回の犯行との違い。
享の過去。
親友の妹が殺された事件。
そして、その犯人が後に何者かから激しい暴行を受けていた事実。
点がつながっていく。
最後に右京がたどり着いた答えは、最も考えたくなかったものだった。
自分の隣にいた甲斐享こそ、本物のダークナイトだった。
右京は犯人を見つけたのに、まったく勝っていない
普通の『相棒』なら、右京が犯人を追い詰めれば一件落着だ。
鋭い推理。
逃げ場のない論理。
「あなたのやったことは許されません」
それで終わる。
だが「ダークナイト」は違う。
犯人を暴けば暴くほど、右京自身にも傷が返ってくる。
なぜなら享は、ただの容疑者ではない。
3年間、毎日のように隣にいた男だ。
しかも右京が自ら特命係へ誘った。
その男が犯罪を繰り返していた。
なら聞きたくなる。
右京は3年間、何を見ていたのか。
事件のわずかな矛盾には気づく杉下右京が、自分の相棒の異変には気づかなかった。
この皮肉が痛い。
ダークナイトの伏線はあった?「後付けでは?」と言われる理由
ここは避けて通れない。
「甲斐享がダークナイトだった」という展開には、放送当時から驚きだけでなく戸惑いも大きかった。
理由は簡単だ。
3年間を見返しても、「享は裏で連続私刑をやっている」と明確に読める伏線がほとんど見当たらないからだ。
もちろん享の性格には、それにつながる要素がある。
感情的になりやすい。
理不尽を許せない。
被害者に肩入れする。
怒りのあまり暴力へ出そうになる場面もある。
右京に止められることもあった。
こうした描写を拾えば、
「享には正義感が暴走する危険性があった」
とは言える。
だが、
「だから実は何年も連続暴行犯をやっていました」
まで一気につながるかというと、話は別だ。
性格描写と伏線は同じではない
ここは分けた方がいい。
享が熱い性格だった。
暴走する危うさがあった。
これは事実だ。
しかし、それは人物の性格描写であって、必ずしもダークナイトへの伏線ではない。
もしSeason11や12の時点から、
享が時々連絡不能になる。
説明のつかない怪我をしている。
ダークナイト事件の直後だけ妙な反応をする。
右京が一瞬だけ享に疑問を持つ。
そういう描写がいくつか置かれていたら、最終回を見たあとに「全部ここへつながっていたのか」となる。
だが実際には、そこまで露骨な積み重ねはない。
だから、私は「伏線が完璧に張られていた」とは言わない。
むしろ、
甲斐享の性格にはダークナイトへ転ぶ素地があった。しかし、連続私刑犯という結末を納得させるだけの伏線は薄かった。
これくらいが一番しっくりくる。
ここを無理に「実はこんな伏線が!」と並べるより、その方が作品をちゃんと見た感想として自然だ。
なぜ甲斐享は右京の隣にいながらダークナイトを続けたのか
もう一つ、かなり嫌な疑問が残る。
享がダークナイトになったきっかけは分かった。
ではなぜ、杉下右京と組むようになってからもやめなかったのか。
右京は、法から逃れた悪人を何度も追い詰めてきた。
犯罪者が権力者でも警察官でも政治家でも関係ない。
相手が誰であろうと真実を暴く。
享はそれを隣で見ていた。
だったら普通は、
「自分が殴らなくても、この人と一緒なら正義を貫ける」
となりそうなものだ。
でも、ならなかった。
ここに甲斐享という人物の弱さがある。
右京は享にとって憧れであり、届かない存在でもあった
享は最初、右京を煙たがっていた。
勝手に事件へ首を突っ込む変人。
そのくらいの認識だった。
しかし事件を重ねるほど、右京の能力と信念を認めるようになる。
やがて右京も享を信頼する。
そこまでは成長物語だ。
ただ、相手が杉下右京なのが厄介だ。
この人は正義に関して妥協しない。
頭も切れる。
権力にも怯まない。
享が感情で「許せない」と思った相手を、右京は感情に呑まれず論理で追い詰める。
隣にいればいるほど、自分との差も見える。
もちろん作中で享が「右京に嫉妬したからダークナイトをやった」と明言されているわけではない。
ただ、正義を貫く右京の隣で、自分だけの正義を証明したくなる気持ちが全くなかったとも思えない。
右京が法の中で悪を追い詰める。
享は法の外から悪を殴る。
方法は真逆でも、本人の中ではどちらも「悪を許さない」だった。
そこが悲しい。
ダークナイトは正義だった?右京の答えは一貫している
ダークナイトには支持者がいた。
裁かれなかった悪人を制裁してくれる。
スカッとする。
警察より役に立つ。
そう考える人間が出るのは分からなくもない。
だが右京は、そこを認めない。
当然だ。
「こいつは悪人だから殴っていい」を認めた瞬間、誰が悪人かを決める人間が必要になる。
そしてダークナイトは、自分で決める。
捜査も裁判もない。
弁明もない。
自分が有罪だと思ったから殴る。
これは正義ではなく、個人による刑罰だ。
享がどれだけ善意から始めても、「自分には他人を裁く資格がある」と思った瞬間に間違っている。
杉下右京が最も嫌う種類の正義だろう。
甲斐享は逮捕されたあとどうなった?
正体を見抜かれた享は逮捕される。
そして警察官としても懲戒免職。
3年間続いた3代目相棒・甲斐享の物語は、歴代相棒の中でも最も重い形で終わった。
亀山は自分から新しい道へ進んだ。
神戸は警察庁へ異動した。
冠城は後に別組織へ移る。
享だけは、犯罪者として特命係を去った。
ただ、『相棒』は最後にほんの少しだけ救いを残している。
「2人はまだ途中じゃないですか」が甲斐享編の最後だった
享の逮捕後、右京はイギリスへ旅立つことになる。
その前に、父・甲斐峯秋の計らいで、右京と享が短い再会をする。
そこで右京が享に伝えたのが、二人はまだ途中だという言葉だった。
これは重い。
右京は享の犯罪を許していない。
見逃してもいない。
自分で暴き、逮捕させた。
それでも、甲斐享という人間そのものを見捨てたわけではない。
犯罪を犯した。
なら罪を償わなければならない。
だが人生までそこで終わるわけではない。
「相棒としては終わった」ではなく、「まだ途中だ」と言った。
右京なりの、かなり不器用な救いだった。
甲斐享の父・峯秋にとってダークナイト事件は何だったのか
この事件でもう一人忘れられないのが、甲斐峯秋だ。
享と父・峯秋の関係は、最初からうまくいっていない。
警察庁のキャリアである父。
その父に反発する息子。
享は「父親の力で生きている」と思われることを嫌い、峯秋も素直に息子を認めない。
でも3年間の中で、二人の距離は少しずつ変わっていた。
完全な和解ではない。
それでも、以前よりは互いを見るようになっていた。
その矢先に、息子が連続暴行犯だったと分かる。
これはキツい。
しかも峯秋は警察庁の人間だ。
父親として息子を心配するだけでは済まない。
警察官である息子が犯罪を繰り返していたという事実を、組織の側からも受け止めなければならない。
ダークナイト事件は享だけでなく、甲斐親子の物語まで一度壊した。
だから最後に峯秋が右京との再会を取り計らったことには意味がある。
何もできなかった父親が、最後に息子のためにできた小さなことだった。
「ダークナイト」は本当に失敗した最終回だったのか
ここは意見が分かれると思う。
私は、発想そのものはかなり面白いと思っている。
右京が自分で選んだ相棒が犯罪者だった。
しかも、その犯罪の根っこにあるのは悪意ではなく正義感。
右京と享の「正義」を最後に最悪の形でぶつける。
テーマとしては『相棒』らしい。
かなり苦いし、容赦もない。
問題は、そこへ行くまでだ。
3年間かけて享の裏の顔を少しずつ見せていたなら、名作になった可能性すらある。
最終回で正体が分かった瞬間、過去の何気ない場面が全部別の意味に見える。
そういう作りだったら、とんでもなく怖かったはずだ。
しかし実際には、視聴者が「まさか!」より先に「いつからそんなことしてたんだ?」となりやすい。
ここが惜しい。
結末が衝撃的だったことと、結末までの積み上げが十分だったことは別問題だ。
ダークナイトが今でも語られるのは、それだけ強烈だったから。
そして今でも賛否が消えないのは、それだけ唐突さも残ったからだろう。
良くも悪くも、忘れられない卒業回になった。
右京は甲斐享を見抜けなかったのか?
最後に、これだけは考えてしまう。
杉下右京は、人の小さな嘘を見逃さない。
紅茶の置き方。
靴についた汚れ。
ほんの一言の言い間違い。
誰も気にしない違和感から犯人へたどり着く。
そんな人間が、なぜ3年間一緒にいた享を見抜けなかったのか。
もちろん、享が特命係の仕事中にダークナイトをやっていたわけではない。
私生活まで右京が監視しているわけでもない。
見抜けなくても不思議ではない。
でも物語として見ると、別の意味が出てくる。
右京は享を信頼していた。
「カイト君」と呼び、自分から誘い、成長を見てきた。
その信頼があったからこそ、最初から疑う対象にならなかったのかもしれない。
だとすれば皮肉だ。
人を疑う天才・杉下右京が、相棒を信じたことで見落とした。
そして真実を知った瞬間、自分でその相棒を捕まえなければならなくなった。
右京にとって「ダークナイト」は事件解決ではない。
相棒を一人失った事件だった。
甲斐享がダークナイトになった理由まとめ
甲斐享がダークナイトになった直接のきっかけは、親友の妹が殺害された事件だった。
加害者が法による処罰を受けない結果となり、その理不尽さに耐えられなかった享は自ら制裁を加える。
本来なら、そこで終わるはずだった。
だが終わらなかった。
世間からの喝采。
法では裁けない悪人への怒り。
そして自分の強すぎる正義感。
それらが重なり、享はダークナイトとして私刑を繰り返すようになった。
ただし、「3年間ずっと伏線が張られていたのか」と聞かれれば、私はそうは思わない。
享の性格には危うさがあった。
怒りっぽさもあった。
正義感が暴走しそうな瞬間もあった。
だが、それと「実は連続私刑犯だった」の間には、やはり距離がある。
だから「ダークナイト」は今でも賛否が分かれる。
しかし一つだけ、この結末だから強烈になったものがある。
杉下右京と甲斐享の関係だ。
享は右京が自分で選んだ相棒だった。
その享の罪を、右京が自分で暴いた。
逃げ道は作らなかった。
でも見捨てもしなかった。
最後に「まだ途中だ」と伝えた。
右京は甲斐享という警察官には引導を渡した。でも、甲斐享という人間にまで引導を渡したわけではない。
そこまで見ると、「ダークナイト」は単なる衝撃の卒業回ではなくなる。
右京が事件には勝ち、相棒を失った話だ。
そして享にとっては、自分の正義が正義ではなかったと、最も信頼していた人間から突きつけられた話でもある。
気持ちのいい最終回ではない。
今見ても納得できない部分も残る。
それでも十年以上たって、まだ「あのダークナイトはどうだったんだ」と話したくなる。
そこまで傷を残した時点で、ある意味とんでもない卒業回だったのかもしれない。




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